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ペルー産のアルコール飲料と言えば真っ先にあげられるのが、ピスコ。このブドウの蒸留酒を卵白と緑色の小さなレモンで割ったカクテル、ピスコ・サワーはペルーを訪れる観光客に人気のカクテルだ。本稿では、政府の輸出奨励策の一環として1990年代末から始まっているピスコの生産・輸出拡大の動き、現在の生産状況、そして今後の見通しについて報告する。
原産地呼称へのこだわり
ピスコ産業奨励の背景には、近年ピスコの生産が停滞し、このままではペルーの伝統的な産業の一つが先細りになるという懸念があった。1960年代末の農地改革以降、ピスコの原料となるブドウの生産量や収量が減少して良質の原材料が低価格で手に入らなくなっただけでなく、多くの小規模生産者が伝統的な生産設備を維持することができなくなっている。さらに近年、ビールやワインの人気に押されてピスコの需要が増えていないことも、不安材料の一つである。
もう一つの背景として重要なのが、チリ産ピスコに対する危機感である。チリは近年ワイン輸出の拡大で成功を収めているが、ブドウの蒸留酒でもペルーに対して優位な立場にある。ペルーは19 99年150万リットルのピスコを生産したが、チリはその30倍以上の5000万リットルを生産している。輸出もペルーの5万3000リットル、16万ドルに対して、チリは23万リットル、70万ドルと大きく上回っている。チリ産ピスコが生産量、輸出量とも上回っているのは、80%以上のシェアを有する協同組合(Cooperativa Agricola Pisquera Elqui)が近代的な設備で大量に低コストで製造しているからである。ただし、アルコール度数約70度に蒸留したものに水を加えて32度前後に下げてあるため、水を加えない42度前後のペルー産ピスコとは質が異なる。
ペルー国内におけるピスコの名称の利用に当たっては、1990年に制定された法令「ピスコの原産地呼称(Denominacion de Origen)」により「イカ県をはじめとするペルー海岸地域の5県で製造されたブドウの蒸留酒」と定められている。「ピスコはもともとペルーで生まれたものであり、チリ産のブドウ蒸留酒はピスコとは中身が違う上、生産地は遠くピスコから離れている」(輸出振興庁[PROMPEX]のFernando Ego-Aguirre氏)。ペルー政府は95年にピスコという名称を用いたアルコール飲料の輸入を禁止、さらに製造方法を技術規程(Norma Tecnica Peruana 211.011)で詳しく定めた。これは国際的には輸出量の多いチリ産ピスコの知名度が高く、チリに「ピスコの本家」の地位を奪われると危機感を抱いたペルー政府が対抗策を講じたものと考えられる。さらに輸出振興庁と大手の生産者が中心となり、通商産業省(MITINCI)を始めとする政府機関と協力して97年に「ピスコ委員会」(Comision Nacional del Pisco)を組織し、ピスコの生産・輸出の拡大について取り組み始めた。
ペルーがピスコにこだわるのは、このブドウ蒸留酒の名前がイカ県にある港町ピスコに由来するからである。スペイン人の植民が始まってまもなく旧大陸からペルーにブドウが持ち込まれたが、なかでもケブランタと呼ばれる黒くて甘いブドウがペルーの土壌と気候、特に現在のイカ県を中心とする南部の海岸地域に適し、栽培が広がった。ペルーは新大陸におけるワインの主要生産地となり、アメリカ大陸の各地にペルー産ワインが輸出された。17世紀にはブドウの蒸留酒の生産が始まったが、これは積み出された港の名前をとって「ピスコのブドウ蒸留酒」(Aguardiente de Pisco)と呼ばれ、そして次第に「ピスコ」といえばこの蒸留酒を指すことになった 。
製造にあたってはまずブドウの搾り汁を発酵させるが、発酵が始まってから3週間程度、まだ少量の糖が分解されずに残っている段階で蒸留したものがピスコである(写真2)。アルコール度は42度前後。ブランデーのように木の樽に寝かせることがないために無色透明である。上質のピスコを生産するには、糖度の高いブドウが必要になる。ペルー南部の海岸地域の中でも、イカ県を中心とする土地がこのブドウの栽培に適しているのは、冬でも晴れの日が多く日照量が豊富、砂漠で乾燥した気候である、夏にはアンデス山脈からの水が豊富にある、などの条件がそろっているからである。ちなみに多くの生産者がピスコと同時にワインも生産しているが、甘みの強い種類が多い。
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| ピスコを蒸留する銅製の釜(イカ市内ビスタ・アレグレ) |
農地改革と生産停滞
ピスコの生産量については長期的な統計がないために正確な生産動向を把握することは難しいが、ピスコ委員会や大手生産者、生産者組合によれば農地改革以降生産が減少しているという。その原因として(1)原料となるブドウの生産減少、(2)伝統的方法によって生産している小規模生産者の減少、(3)需要の減少、があげられる。
まず原料となるブドウ生産について統計資料 をみると、ブドウの栽培面積、生産量、ヘクタールあたりの収量は1970年代初めにピークを迎えた後、80年代を通して減少、または停滞している。この原因とされるのが、60年代末から70年代にかけてベラスコ軍事政権下で進められた農地改革である。イカ県でもピスコやワインを製造していた大農場(アシエンダ)が接収され協同組合となり、そこで働いていた農民の手に渡った。しかしそれらの農民は栽培技術について熟知していなかったために生産性向上への取り組みが進まず、ブドウ生産が減少した。また綿花など収益率の高い他の作物への転換が進んだことも、栽培面積の減少に拍車をかけた。産業観光局イカ県事務所レイナルド・バレンシア(Reynaldo Valencia)氏によると、統計上は1990年代後半にブドウ生産が拡大しているが、これは生食用のブドウ(uva de mesa)が中心で、ピスコの原料となるブドウの生産は全体の1割程度にとどまっているという。
次に中小規模の生産についてみると、ピスコの最大生産地であるイカ市ではブドウを足踏みで絞るなど伝統的方法(artesanal)で生産する中小規模の生産者の割合は、1990年代前半の40%以上から、90年代後半には30%以下に減少している(表1)。生産者の話では、生産量が減っている上に蒸留釜などの生産設備の維持するための資金が調達できないために廃業に追い込まれる小規模生産者がでてきているという。
| 生産年 | 総生産量(リットル) | うち伝統的方法による生産の割合 |
| 1990 | 415733 | 39.2% |
| 1991 | 238857 | 58.6% |
| 1992 | 383537 | 40.4% |
| 1993 | 191284 | 62.5% |
| 1994 | 353288 | 36.9% |
| 1995 | 276796 | 40.2% |
| 1996 | 446451 | 21.8% |
| 1997 | 347189 | 32.1% |
| 1998 | 209777 | 28.7% |
需要の減少もピスコ生産に大きな影響を与えている。ビールやワイン、輸入酒との競合のほか、「ピスコ」の名前を付けた粗悪品のアルコール飲料が半値以下で闇市場に出回り、本物のピスコの需要を圧迫している。これはブドウの搾り汁に砂糖などを混ぜて発酵・蒸留したもので、ブドウよりも安い原料を使うことで生産費を抑えている。スーパーマーケットなど正規のルートで購入すると売上税18%と物品税20%が上乗せされるため、税金がかからない闇市場での粗悪品の需要が大きく、その分正規のピスコの消費が減ることになる。しかし品質に対する政府の規制が行き届かないために、ピスコを工業用メタノールで薄めて販売するという例もあり、今年8月にはペルー北東部のプカルパ市でこれを飲んだ25人が死亡するという事件が起きている。
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| タカマ社は150ヘクタールの農場で海外から導入した苗木でブドウを生産している。 | オクカヘ社は中小の生産者からブドウを購入してピスコやワインを生産する。 |
生産拡大への取り組み
ピスコ生産の現場を見るために、筆者は9月上旬にイカ市を訪れた。リマからバスで4時間、パンアメリカン・ハイウェイで太平洋に沿って南に下り、50キロほど内陸に入ったところである。タカマ(Tacama)、オクカヘ(Ocucaje)、ビスタ・アレグレ(Vista Alegre)といった大手をはじめ、イカ市とその近郊には100近いピスコ・ワイン生産者が存在する。大手はもともと数百から千ヘクタール規模の大農場であったが、農地改革で農地を接収され生産設備だけがもとの所有者の手に残された。タカマの場合はその後徐々に農地を買い戻し、現在では150ヘクタールの農場でスペインやフランスから持ち込んだ苗を育ててブドウを栽培し、これを原料にワインとピスコを生産している。大手は年間で100万〜300万リットルのピスコを生産する能力を有しているが、近年は原料となるブドウの供給とピスコの需要の不足のために数万から20万リットル程度しか生産していない。原料不足を補うためにアルゼンチンやチリから濃縮ブドウ液を輸入しているところもある。これらの大手は自社ブランドで国内販売はもちろん、南米・北米、欧州諸国、そして日本にも輸出している。
イカ市の南、車で30分のところにあるロス・アキヘス地区には中小の生産者が集まっている。地区を貫く未舗装道路の両側にピスコ生産直売所が何件も並んでいる。イカ市ピスコ・ワイン生産者組合の組合長ルイス・ピスコンテ(Luis Pisconte)氏によると、イカ市を中心に57の生産者が組合に加盟しており、中規模で2万リットル程度、小規模で4000リットル程度を生産しているという。中規模生産者の場合、自らが所有する数ヘクタールの畑からのブドウの他、周辺の農家から買い入れるブドウを原料にしている。2月から3月の収穫期にはブドウを足でつぶして汁を搾り、これをボティーハ(Botija)と呼ばれる古くから使われている壺やコンクリート槽で3週間ほど発酵させる。そして釜で蒸留してアルコール分を取り出し、3カ月ほど寝かせて瓶詰めする。できたピスコは直売所やイカ市内で販売するだけでリマの市場に出回ることは少ない。ピスコンテ氏は「多くの中小生産者は検査にかかる費用負担や事務処理の煩雑さのために原産地名称の取得や品質検査をしておらず、ラベルをつけずに販売している。そのため品質のよいピスコを生産しても販売を拡大できない」と指摘する。
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| 販売拡大を生産者に呼びかけるイカ市ピスコ・ワイン生産者組合の組合長ルイス・ピスコンテ氏 | ピスコの生産施設に直売所とレストランを併設して収入の拡大を図る(イカ市郊外トレス・エスキナス) |
これらの中小生産者を支援するために、生産者組合は地元の国立イカ大学と協力し、醸造技術について専門家によるセミナーを行ったり、マンゴ味など新しい種類のピスコの開発に取り組んでいる。また、大学内の設備で安い費用で品質検査ができるようにし、生産者に自社ブランドのラベルを貼っての販売を呼びかけている。他のブランドの委託生産で生産規模を拡大してコストを削減したり、生産施設にレストランなどを併設し、旅行代理店の観光コースの一部に組み入れてもらい副収入の増加を図るなど、若手生産者を中心に新しいアイデアを取り入れて事業の拡大を試みる例も出てきている(写真4)。また、通産省はブドウ技術革新センター(Centro de Innovacion Tecnologica Vitivinicola)をイカ市に設立し、ブドウの栽培技術やピスコ・ワインの製造技術の向上に対する支援を始めるところである。
伝統維持とコスト削減
輸出振興庁はピスコをメキシコのテキーラのような特産品に育てたいとしているが、そのためには国内での普及が第一である。ピスコの粗悪品が出回っていることについて「消費者は質のよいピスコを見分けることができない」と生産者の1人が言っていたが、国内の消費者にピスコの味を理解してもらうことが先決である。
また、生産費用の6割を占める原料費を削減して価格競争力を持つためには、ブドウの生産性の向上が必要になってくる。さらに中小生産者の場合、設備刷新によるコスト削減はすぐには難しいが、共同でブランドを作るなど原産地呼称の利用許可の取得や販売面での協力で費用を削減することは可能である。既に試みられているように伝統的な製法を維持してそれを観光資源として活用する方法もある。
参考資料
"Al rescate de nuestro licor propio, en busca del abandonado
pisco." El Comercio. 28 de mayo, 2000.
Cesar Franco (1991). Celebracion del Pisco. Lima: Centro de Estudios
para el Desarrollo y la Participacion (CEDEP).
"Mas de cien mil litros de pisco se exportaran este ano."
El Comercio. 17 de septiembre, 2000.
MITINCI(ペルー通商産業省)(1999). EL PISCO: tiene sabor peruano. Lima:
MITINCI.
ピスコ関連ホームページ
ペルー www.elpisco.com www.pisco.to
チリ www.piscochile.com
ピスコ・ワイン製造会社 タカマ社www.tacama.com オクカヘ社www.ocucaje.com
(2000年10月)